ウクライナの希望、キラードローン・スタートアップの内幕

ロシアの侵略に抵抗するウクライナにとって、ドローンこそが希望の光だ。起業家魂とイノベーションのおかげで、同国ではドローン産業がかなりの規模に成長し、米国ペンタゴンでさえも羨むような技術発展を遂げている。
ウクライナの希望、キラードローン・スタートアップの内幕
PHOTO-ILLUSTRATION: BEN HINKS; GETTY IMAGES

ウクライナのどこかにある建物の最上階に、ドローン工房がある。

工房の作業台には、ロジックボード、アンテナ、バッテリー、拡張現実(AR)ヘッドセット、ローターブレードなどがところ狭しと並んでいる。部屋の片隅には仮の写真スタジオがあり、真っ黒なクワッドコプター型ドローンが白くて大きなシートの上で、撮影されるのを待っている。

この工房でゼペットじいさん役を務めるのがイヴァンだ。自分の作品を披露する際、イヴァンは火のついたタバコを口にくわえ、灰を落としながら、さまざまなモデルを手に取って、にやりと笑った(『WIRED』は安全を考慮して、本記事で言及する一部の人々を匿名にしている。イヴァンも仮名である)。

イヴァンは中型のドローンを持ち上げた。このモデルは11km離れた場所から目標に命中した実績があるが、少なくとも20kmまでは飛行可能なはずだと彼は言う。現在、飛行距離を伸ばすために、さまざまなバッテリーやコントローラーを試しているところだ。彼は3Dプリンターを使って自分でつくった硬化プラスチックのシェルにスタビライザーの尾部をねじ込んで組み立てた爆弾を持ち上げた。ロシアの戦車一台を破壊できる威力をもつ3.5kgの爆発物を搭載できる。

次に人差し指と親指を使って、なんの変哲もないベージュ色のチップをつまみ上げた。彼の自慢のチップだ。

市販されているFPV(一人称視点)ドローンや写真撮影用ドローンをベースとして開発されたそれらドローンの大きな問題点は、搭載する爆発物を爆発させるには、ドローンを墜落させなければならないことだ。

PHOTOGRAPH: UNITED24

しかしイヴァンの説明によると、このチップがあればかなり遠くから爆発を引き起こすことが可能になるそうだ。つまり、オペレーターは前もってドローンを目的地に飛ばし、そこで何時間、あるいは何日も待機させてから、爆発させることが可能になる。そして、例えば人工知能(AI)と連携させれば、潜伏させておいたドローンを戦車などが近くを通ったときにだけ自動で爆発させられるようになると彼は期待している。わたしが、要するに長距離を移動するスマートな地雷を開発したのかと尋ねると、その言葉を通訳から聞いたイヴァンは力強くうなずいた。

ウクライナでは、そのようなFPVドローン工房が数多く誕生している。キーウだけでも、およそ200のウクライナ企業が飛行ドローンを生産している。陸上や水中専用の無人車両をつくっている会社も少なくない。イヴァンは、自分が代表を務めるVERBA社がそれらのトップに君臨していると言って、自慢げに笑った。

ウクライナは現在、資源と装備に富む敵国に対する戦争で防戦を強いられ、状況はますます困難になりつつある。米国からの支援の遅れやほかのNATO諸国からの物資支援の枯渇により、ウクライナは砲弾や長距離ミサイルだけでなく、防空用の弾薬さえ不足している。

そんな同国にとっては、ドローンこそが希望の光だ。起業家魂とイノベーションのおかげで、同国ではドローン産業がかなりの規模に成長し、米国ペンタゴンでさえも羨むような技術発展を遂げている。

ドローン戦争の時代は実際に幕を開け、ウクライナがその分野における超大国になろうとしているのだ。

月に5,000機のFPVドローンを生産

工房を見たあと、われわれはクルマに乗り込み、イヴァンの工場を訪問することにした。

スチール製の扉の奥に、たくさんのラックが占拠する部屋があり、ラックでは30台の3Dプリンターが稼働していて、ドローンのさまざまなパーツをプリントしていた。20人を超える従業員は耳をつんざく警告音にも慣れているようで、パーツをはんだで組み立てている人もいれば、AutoCADで設計を見直している人や、ソファでくつろいでいる人もいた。

3Dプリンターの置かれた棚のひとつには、(伝説の)海賊「黒ひげ」のそれを模した黒い旗が拡げられていた。その旗では、頭上を飛ぶクアッドコプターの下、ARヘッドセットとコントローラーを装着した角の生えた骸骨が、血を流す心臓に槍を突き刺そうとしている。

戦争が始まった年、FPVドローンが前線の映像を手に取るように正確に伝え、無人飛行機(UAV)がロシアの戦車に手榴弾を落とす映像が世界に拡散して人々を魅了した。それを見て、ウクライナは可能な限り多くの民間用ドローンを買いあさった。中国のドローン企業大手DJIはウクライナで一躍有名になった。同社のドローンが前線で大量に利用されたからだ。だが、ウクライナが優位に立てたのは初めのうちだけだった。ロシアが大急ぎで中国製のUAVを確保したからだ。

「Instagramでわたしたちのドローンを見たロシアは、それらの部品を中国で買い占めました」と、VERBAの幹部は語る。モスクワからの需要が高まると、ほとんどの場合で供給不足か価格高騰が起こり、結果として、ウクライナの企業を圧迫する。そこで、イヴァンをはじめとした起業家が独自のドローンをつくるようになった。

Mykhailo Fedorov
ロシア軍の侵攻に対抗するため、ウクライナはこれまでにもドローン技術を積極的に軍事転用してきた。政府が主導する軍事スタートアップの支援プログラムが発足されたことで、この流れはさらに加速する見込みだが、AIによって制御された完全自律型兵器の完成が懸念されている。

2022年2月にロシア軍が本格的な侵攻を始めてから数カ月後にドローン開発を始めたイヴァンは、当初は数機のつぎはぎだらけのドローンをウクライナ軍に供給するのがやっとだったそうだ。それがいまでは、月に5,000機のFPVドローンを生産している。製品の幅も拡がり、巨大な12インチモデルから、4インチのプロトタイプまでつくってきた。

当時、イヴァンをはじめとした起業家は、自らの意志でドローン事業に参入した。ほとんどの国民と同じで、祖国の防衛に貢献したかったからだ。キーウは初めのうち、国内ドローン産業に資金や関心を費やすほどの価値を認めていなかった。通常兵器に対する需要が高まっているなか、ドローンを優先するわけにはいかない。ある幹部によると、軍部のなかには、ドローンのような革新的な兵器や監視プラットフォームの可能性を見下し、「結婚式記念写真ドローン」とさえ呼ぶ者もいたという(ある幹部の話では、新しくウクライナ軍の総司令官に着任したオレクサンドル・シルスキーは初期のころからドローンに関心を示し、23年初頭には10社と直接契約を結び、軍用機の製造を始めたている)。

しかし、ウクライナが23年に民間企業と軍隊の橋渡しをする目的を掲げ、「Brave1」という政府運営の技術機関兼インキュベーターを立ち上げたことで潮目が変わった。

設立以来、Brave1は新規防衛技術の設計、開発、調達の合理化に努め、政府や軍における煩雑な手続きにおいて民間企業をサポートしてきた。Brave1が研究開発に支出した助成金の額はすでに300万ドルを超え、750の企業をウクライナ軍と結びつけてきた。

PHOTOGRAPH: UNITED24

ウクライナ政府が運営するクラウドファンディング・プラットフォームの「United24」が出資者相手に初めて「ドローン部隊」を売り込んだとき、当初の購入目標はわずか200機だった。それが現在、ウクライナ大統領ウォロディミル・ゼレンスキーが昨年末に発表したところによると、同国は24年だけで100万機のドローンを生産する予定だという。

「この数は倍にできると思います」。Brave1の防衛技術部門の責任者であるナターリア・クシュネルスカは『WIRED』に語った。「わたしたちには、今日にもそれを、迅速に実行する責任と動機があります」。彼女は言う。「なぜなら、ほかに選択肢がないからです」

「1キルあたりの費用」が低減

ある幹部が言うには、この戦争では「経済が鍵を握る」。

厳しい制裁を受けているにもかかわらず、ロシアには2兆億ドル規模の経済がある。そしてそのおよそ6%が戦時生産に向けられている。一方、ウクライナのGDPは2,000億ドルに満たない。キーウはNATO加盟国から多額の支援を得たとはいえ、無駄をしている余裕はない。それに応じるかのように、ドローンの経済性はどんどん高まりつつある。

イヴァンのドローンは従来兵器よりも安価だ。最も高価なユニットでおよそ2,500ドル(約40万円)、最も安価なものは400ドル(約65,000円)である。

戦争が始まったころは、ウクライナは現実的に見て、天候、ミッションの性質、ロシアの妨害工作などの影響を考慮に入れると、実際に標的に到達できると考えられるドローンは全体の30%ほどでしかなかった。それがいまでは、ウクライナ製の優れたシステムは70%の成功率を誇っている。

firemen look at destroyed building
ロシアによる侵攻で戦場と化したウクライナは、ドローンが広く用いられた初めての大規模な紛争だ。この状況は「機械対機械の戦争」という新時代への突入と、やがて人間が関与せずに戦場で活動できるシステムの導入を促進するものだと、専門家たちは警告している。

戦車のような中距離標的を破壊するには、多くの場合で砲弾が4発から5発は必要になる。需要が増えて供給が逼迫しているときは、砲弾1個が8,000ドル(約130万円)ほどに高騰するので、かなり高くつくと言える。一方のドローンの場合、同じ相手を破壊するのに、イヴァンの最も高価なドローンを2機使ったとしても、数千ドルを節約したことになる。こうしたドローンが普及すれば、ある幹部の言葉を借りるなら「1キルあたりの費用」が減り、その結果、不足しがちな弾薬備蓄への負担が軽減する。

イヴァンなどの生産者は国内における製造に力を入れてはいるが、それでも彼らは重要なコンポーネントを中国から入手しなければならない。それにはトレードオフが伴う。中国のサプライヤーは安価で取引に応じるが、品質は概ね低いうえ、ロシアとも商売をするからだ。台湾、米国、カナダ、ヨーロッパなど、ほかの国の製品のほうが品質は高いが、価格も数倍に跳ね上がる。

サプライチェーンは「複雑」だと、イヴァンは指摘する。『WIRED』の取材に応じたドローンメーカーの主張を総合すると、彼らのドローンに使われている部品の40%から80%がウクライナ国内で製造されているようだ。ローターブレードからマザーボードのコンポーネントにいたるまで、ドローンのほぼ全体を自国で生産できるようになるまであとどれぐらいかかるかという問いに対して、イヴァンは楽観的に「6カ月」と答えた。

だが、完全に非現実的な夢、というわけでもない。ウクライナの第一副首相で、デジタル改革担当大臣でもあるミハイロ・フェドロフは昨年末、2025年までに、キーウに年間50,000個のチップを生産する半導体工場を建設するという構想を発表した。ウクライナは、ネオン世界供給量のおよそ半分を生産している。ネオンはチップの製造に使われるレーザーに不可欠な要素だ。

いくつかのウクライナ企業はすでに、チップの生産に必要な電子設計自動化ソフトウェアの開発に着手したし、国内で電子組立を行なう企業も誕生した。ある業界関係者は『WIRED』に対して、ウクライナが半導体業界で成功できるかを調べる目的で、23年後半にある作業部会が結成されたとも指摘した。

「なぜ、ウクライナ製のドローンを買ってくれないのです?」

別の防衛技術会社で幹部を務めるイゴールは、従来のものよりはるかに高感度のドローンを製造している。「われわれは絶対に中国から部品を調達しません」とイゴールは説明する。彼の製品は高価だが、「われわれはロシアの製品との差別化をもくろんでいます」と言う。いまのところは、「ロシアのほうが進んでいる」そうだ。しかし、イゴールは、その差を埋めることは可能だと考えている。

そのためには、こうしたドローンに対する需要がなければならない。売れれば売れるほど、多くを投資できる。「彼らは」クシュネルスカは言う。「契約と現金を必要としています」。需要は確かに高まってきた。資金調達プラットフォームのUnited24は海軍ドローン部隊の実現を支援し、5,000機の監視用UAVを購入できる資金を調達した。ほかの組織も同様の購入を検討している。しかしドローンメーカーは、それでもまだ足りないと言う。

23年初頭、ウクライナ議会はドローンメーカーと国家の間の契約を規制する新たな法律を可決した。通常、戦時経済では利益の追求はタブーとされるが、この法律は企業に対して、最大25%の利益を請求する権利を認めている。

本人の説明によると、イヴァンはドローンで得る利益はわずか10%で、得た利益のすべてを事業に再投資しているそうだ。ほかのドローン会社の代表団も『WIRED』に対して、同じような事業運営を行なっているという。

今後注文が増えれば、投資も増えることになる。これまでのところ、NATO加盟国は自国で生産された兵器を買い、それをウクライナへ譲渡してきた。このやり方が変わるかもしれない。

カナダの国防大臣であるビル・ブレアは、わたしより少し前にキーウを訪問した。そしてキーウで彼は、オタワはウクライナに800機のカナダ製ドローンを寄贈すると発表した。その態度が称賛されるなか、ある高官がブレアにこう問いかけた。「なぜ、ウクライナ製のドローンを買ってくれないのです?」。ウクライナのドローン産業で起こっているさまざまな革新について説明を受け、ブレアは納得した。彼は『WIRED』に「今後、ウクライナの産業に投資する方法を模索します」と語った。「[ウクライナ防衛コンタクトグループ・ドローン連合の]狙いは、連合加盟国だけでなく、ウクライナにおいても能力を構築することにあるのです」

それでもなお、官僚の動きは緩慢としている。それに加えて、そもそもスタートアップというものは、活動を通じて経験を積みながら学習するものだ。スタートアップの多くは、戦争はもちろんのこと、軍事調達もしたことがない技術者や特殊効果の専門家が立ち上げたのだから、なおさらだ。ある幹部は、自分の手で両目を覆ってこう言った。「完全に目が見えない状態で前に進むようなものです」

すべての企業がうまく前に進めたわけではない。ある幹部の話では、彼自身、戦争が始まって以来、閉鎖に追い込まれた防衛技術系スタートアップを5件も知っているそうだ。

戦争をロシアの側にもたらす

FPVドローンに対する関心が高まっている。これは、ウクライナは防衛力が希薄であり、自前の努力でなんとか乗り切るしかないという考えを裏付けるものだ。しかし、そのような軽量で機敏なドローンの生産に力を入れる一方で、同国はより複雑なシステムの生産も急速に拡大しようとしている。

戦争の��発当初から、ウクライナにとって最大の問題は、ロシア国内にあるターゲットに対して攻撃することの難しさだった。モスクワが効果的に空を支配していたので、ウクライナは防戦一方となっていたのだ。

Electric power transmission lines stand on October 3, 2023 in Kherson, Ukraine.
ロシアによるウクライナの電力インフラ攻撃の実態が報告書から浮かび上がってきた。なかには前線から遠く離れた、民間人への影響が必至の場所が攻撃されたケースもあり、これらは戦争犯罪に当たる可能性がある。

しかし、いまや状況が大きく変わり始めた。ウクライナはロシア国内の製油所を攻撃し、同国の精油能力の15%を削減しただけでなく、ロシアの空軍基地の爆撃にも成功した。それを可能にしたのは、ウクライナ産の長距離攻撃ドローンだ。

そのような長距離爆撃機を製造する会社を代表するイゴールは、同社は25kgの爆弾を積んで1,000kmを飛行できるユニットの開発に成功し、これまですでにウクライナ空軍のために「数百機」を製造したと語る。また、目下のところ、2,500kmを飛べるモデルを開発中だそうだ(このモデルのパンチ力は弱く、イゴールによると「飛行距離が伸びれば伸びるほど、積載可能量が減る」のだという)。

このシステムは高価で、35,000ドルから10万ドルになる。しかし、何百万ドルもの価値のあるロシアの施設を破壊できるのなら、安いものだ。「これらは単純なドローンではありません」とイゴールは説明する。「われわれには、西側の同業者とは違って、開発に何年も費やす余裕はありません」

また、彼らはドローンで終わるつもりもない。同じ技術を応用してウクライナ産のミサイルも開発している。ミサイルのほうが飛行距離に優れ、前線奥の遠く離れた場所からウクライナの都市への攻撃を支援しているロシア軍拠点により多くのダメージを与えられる。

イゴールの目標は「戦争をロシアの側にもたらすこと」だ。FPVドローンは前線の現実を高解像度で映し出すこと、そして長距離爆撃ドローンは戦争をリアルに感じさせることに成功した、とイゴールは言う。「ロシアはまだわれわれほど苦しんでいません」

海洋ドローンの開発

戦場をロシアに移すための努力は複数の前線で行なわれている。今回の戦争で最も有名になった無人システムとして、キーウのシーベビー・ドローンを挙げることができる。黒海の水面をこのスマートな船が疾走する様子を写したビデオは全世界に拡散された。

ウクライナ政府の発表によると、シーベビーは850kgの爆薬を搭載でき、時速90kmでおよそ1,000kmを移動できる。しかも、レーダーに映らない。ペンタゴンをはじめとした各国の国防当局が長年をかけて開発しようとしてきた種類の兵器だ。「最近のわれわれお気に入りのジョークは、ここウクライナでは何だって3日で完成するが、世界では3年かかる、です」と、Brave1のクシュネルスカは言う。

しかし、キーウでシーベビーの話をしようとすると、誰もが口を閉ざす。普段はおしゃべりな国防関係者でさえ、その話題になると黙り込む。シーベビーについて尋ねたとたん、ある防衛関連幹部は笑みを浮かべて単純に「機密事項」とだけ答えた。

クシュネルスカも同様にお茶を濁す。「われわれは、敵に向けて準備している新しいソリューションや新たな驚きについては、沈黙を守る必要がありますから」。秘密にしようとする理由は理解できる。この無人艇が、ロシアの誇る黒海艦隊に甚大な被害を与え、22年にはケルチ橋への大規模攻撃において先鋒役を務めたのだから。

しかし、海洋ドローンの開発は、無人陸上システムの開発に比べれば容易であることが知られている。

お茶を飲みながら話していたとき、防衛技術起業家であるステパンが無人陸上システムを開発する際に問題となる数々の困難をリストアップした。ドローンは厳しい地形をうまく移動できない、悪天候での使用に向いていない、あまり遠距離を陸上移動できない、など。

ステパンによると、彼の会社は、ペンタゴンでさえいまだ手を焼いているそうした問題のすべてをすでに克服し、実際の現場に陸上システムを導入したそうだ。そして、「それらがどう利用されたかを知って、いい意味で驚いた」と、ステパンは語る。最近、基本的に食料や装備の配給に利用されることを想定していた最小のユニットが、前線から負傷した兵士を救出して避難させることに利用されたのである。

Women using smartphone on sidewalk in Kyiv during blackout
2年におよぶロシアの爆撃と砲撃のせいで、何百万ものウクライナ人がメンタルヘルスの問題に悩まされている。復興のために、キーウ市は心の傷をもつ人をサポートするシステムの構築に着手した。

しかし、ウクライナだけがそのような陸上システムを開発しているわけではない。3月下旬、親ロシア系チャンネルがAGS-17グレネードランチャーを搭載したロシア製無人陸上システムの完成を大々的に報じた

一方、ウクライナは、そうしたシステムの優位性はそれらをどう配備するかで決まると確信している。「必要なのはメッシュシステムです」とステパンは言う。そしてそれこそが最大の難問となる。ウクライナはリピーターUAVの配備を開始した。基地からの信号の受信範囲を拡大するためのUAVで、うまく使えばほかのドローンの飛行距離を伸ばし、ロシアによる妨害電波に対する耐性も増す。

あるタイプの地上ドローンは、基本的には移動式の砲塔と呼べるもので、800mの射程距離を誇る。しかし、その真価が発揮されるのは、この地上ドローンが監視ドローンと連携したときだ。ステパンの会社はウクライナ兵に、ドローンのカメラを通じて照準を調整する方法を伝授した。これにより、兵士はドローンにまっすぐ前を撃たせるだけでなく、弾の軌道を高めたり、放射状に射撃したりできるようになった。この戦術を用いることで、ドローンの射程距離は2.4kmまで伸びるそうだ。

AIが戦争の強化につながる4つのレベル

2機のドローンを連係操作するのは至難の業だ。そうした自律システムの強みを余すことなく利用するには、ウクライナは陸と空の両方に展開する複数のシステムを有機的に制御する方法を見つけなければならない。そ��でAIの出番というわけだ。

ステパンは、AIが戦争の強化につながる4つのレベルを数え上げた。第1は偵察。機械学習を利用して、大量の映像や衛星画像を照合する。第2は、ステパンの言葉を借りれば「コパイロット」。偵察で得た情報をAIが分析し、そこから洞察を引き出す。第3は計画。AIを利用して、陸と空に展開する複数のシステムに対して「互いに関連した複合的な命令」を出す。ステパンはこの点について、AIにサッカーの作戦を考えさせるようなもの、とたとえた。そして、第4のステップが完全な自律。AIが情報を集めて分析し、それに基づいて作戦を考案し、それに応じて自律ユニットを配備して命令を与える。人間はそのプロセスを監視し、各ステップを承認する。

その先には人間の介入を完全に排除した第5のステップが存在するが、現状、ステパンはそこまで前進することには興味がない。ある業界関係者が、物体検知機能をもち、自らの意志で発砲する性能をもつ自律式マシンガンを開発した会社の話をしてくれた。彼の話によると、そのシステムは「大きな、大きな問題」に発展したそうだ。その自律兵器の信号が妨害され、でたらめに発砲し始めたのである。「もう少し時間をかけたほうがいい」と彼は付け加えた。

ステパンが言うには、彼のシステムはすでに第4ステップでの運用が可能だそうだ。そのシステムにはすでにリアルタイムで「変数を取り入れる性能」が備わっているため、ドローンはそのときの状況に合わせて戦術を変更できる。ステパンはいくつか例を挙げた。「チームが近くにいるときは?[電子戦争が]繰り広げられたら? システムのひとつが接続を失ったら?」

クシュネルスカによると、ウクライナは戦場にAIを導入することに懸念とリスクがあることを理解しているため、「最後の手段」としてのみ人工知能を利用することに関心を向けている。

ウクライナの技術ルネッサンスの最前線

ドローンはつくるだけでは意味がない。ウクライナはその使い方も知らなければならない。

イヴァンの取材の最後の目的地は、少し離れたところにあるショッピングモールだった。外でタバコを吸っていた若者たちがイヴァンに気づくと熱烈に挨拶した。

屋内は味気ない教室風で、10を超える数のデスクが並び、そのどれにもタブレットとワークステーション、そしてさまざまなツールが置かれていた。後ろの片隅には、荷下ろしを待つFPVドローンを積んだパレットが置いてある。

そこはイヴァンのドローンスクールだ。生徒たちがクワッドコプターの操縦方法だけでなく、機械の仕組みや修理の方法なども学んでいる。廊下の先にある大きな会議室では生徒たちが学んだ能力をテストしていた。段ボール箱をテープでつなぎ合わせたプラットフォームがいくつかあって、それぞれのレベルに応じてフラグやチェックポイントが設けられている。うまく操縦して仮設のコースを通り抜けられた生徒は卒業したとみなされ、戸外でのドローン操縦が認められる。

通常、イヴァンのドローンは真っ黒にペイントされている。できるだけ目立たないようにするためだ。ところが、トレーニングルームのデスクに置かれていた1機のドローンは明るいオレンジ色にペイントされていた。イヴァンがにやりと笑った。「草むらのなかに見失うのにうんざりしてね」

キーウが何万もの民間人男性を戦闘に動員したため、訓練が極めて重要になった。弾薬の備蓄が減り続けるなかでは、仮想のトレーニングが特に重要になる。ハイテク戦闘シミュレーターのおかげで、ウクライナ軍はライフル、ロケット弾、対戦車ミサイルなどを使う実戦シナリオをシミュレートできるようになった。ウクライナの起業家たちは、近い将来、10を超えるそうしたシミュレーターをオンライン化し、10万人の兵士をトレーニングすることを目指している。

ある業界関係者は『WIRED』に対して、ドローン戦闘シミュレーターが先月オンラインでリリースされたと語った。それを使えば、訓練兵は長距離ドローン攻撃のプロセス全体をシミュレートできる。現在展開されているバージョン2.0は、実際に運用されているものとしてはおそらく世界初の没入型攻撃ドローンシミュレーターだそうだ。また、空中のドローンと地上のシステムを連携させるのは経験豊かな兵士にとっても簡単なことではないが、このシミュレーターを使えば、ウクライナのパイロットはそうした連係を練習することもできる。

イヴァンのドローンスクールはFPVドローンのユーザーに実践的な訓練の場を提供するが、新型のドローンシミュレーターを使えば、パイロットは長距離攻撃、悪天候下での飛行、電子戦争への対処なども練習できる。

FPVドローン、長距離爆撃ドローン、フライトシミュレーター──これらのすべてがウクライナのイノベーションの成果だ。そして、目を見張るほどのスピードで発展を続けている。いつかこの戦争が終われば、イヴァンはウクライナの技術ルネッサンスの最前線に立ち、ペンタゴンからの注文に応えることになるだろう。しかしそのためにも、彼は、そしてウクライナは、生き残らなければならない。

いまやロシア軍がゆっくりとではあるが着実に、前線を押し戻しつつある。ウクライナの国防当局は、サボタージュや産業スパイに絶えず悩まされている。現状、さらに深刻なのはロシアによる空爆の脅威だ。ある企業幹部が、最近自社の主要施設のひとつがロシアの巡航ミサイル2発の犠牲になる難をかろうじて逃れたと語った。そのようなリスクは実在している。

ドローンスクールを去るとき、イヴァンがクルマの後部ドアを開けた。しばらく探したのち、彼はわたしに2枚のパッチを差し出した。1枚では、ほぼ全裸でFPVヘッドセットを装着した漫画風の女性がウクライナ国旗の横に立って、イヴァンのドローンを操縦している。もう1枚では迷彩グリーン色のカナダの国旗が描かれていて、そこには「ALWAYS BE READY(つねに備えよ)」の文字があった。

(Originally published onwired.com, translated by Kei Hasegawa/LIBER, edited by Michiaki Matsushima)

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