クロアチア発の自動運転タクシー、ハンドルもペダルもない車両で配車サービスを提供へ

クロアチアの新興自動車メーカーであるリマックグループが、自動運転タクシーのサービスと車両を発表した。このハンドルもペダルもない自律走行車は、テスラが8月に発表予定の車両と競合することになる。
Front on view of VERNE autonomous vehicle
Photograph: Rimac

新興自動車メーカーのリマックグループは、自律走行車を用いた新しい配車サービス「Verne(ヴェルヌ)」のことを「次なる不可能なこと」と表現している。創業者のマテ・リマックは最初に、自分の名を冠した電動ハイパーカーの会社を設立した。しかも、自動車製造の歴史がないクロアチアにである。

これはうまくいった。ポルシェ、ヒョンデ(現代自動車)、ソフトバンクがこぞって出資し、フォルクスワーゲン グループは将来のモデルでリマックの推進技術を利用させてもらう見返りに、ブガッティの株式の過半数を譲渡したのだ。

リマックの技術子会社であるリマックテクノロジーは、ポルシェやBMW、アストンマーティンなど多くの企業に電気駆動システムを供給しており、高度なエネルギー貯蔵技術の開発も進めている。

そしてリマックは6月26日(米国時間)、自律走行車を用いた配車サービスであるヴェルヌを、クロアチアの首都ザグレブで発表した。未来を予測するような作品を残したフランスの小説家ジュール・ヴェルヌにちなんで名付けられたこのサービスは、2026年にまずザグレブで、次いで英国のマンチェスターで開始予定だ。ヴェルヌは欧州と中東の他の9都市とすでにサービス提供契約を結んでおり、さらに世界の30都市での展開に向けて交渉を進めている。

洗練された「Verne(ヴェルヌ)」の自動運転タクシーは、2人乗りの室内に乗り込むための2つのスライドドアを備えている。

Photograph: Rimac

ハンドルもペダルもない設計

この小さな国から現れて躍進している野心的なスタートアップは、はたして他の多くの競合(8月に自社の自動運転タクシーを発表するテスラなど)に先駆けて、しっかりした自動運転タクシーサービスの運営という不可能に近いようなことをやってのけられるのだろうか?

できないほうに賭けてはならない。ヴェルヌは、リマックと彼の親しい同僚で友人でもあるマルコ・ペイコヴィッツ(現在はヴェルヌの最高経営責任者)とアドリアーノ・ムドリ(リマックのハイパーカー「Nevera」のデザイナーで、現在はヴェルヌの最高デザイン責任者)によって設立された。ヴェルヌの株式の47%はリマックグループが、残りはヒョンデやサウジアラビア政府などの投資家が保有している。

自動運転タクシーのアイデアについては、遅くとも2019年から開発が進められてきた。ヴェルヌはすでに280人のスタッフを擁しており、国際規模の発表の場ではアプリや車両、そして車両が充電や清掃のために戻る「マザーシップ」という建物からなる完全なエコシステムを公開した。

リマックは、ヴェルヌの車内にロールス・ロイスよりも広いスペースがあると主張している。

Photograph: Rimac

ヴェルヌのタクシーは、おもちゃの街を走っているようなウェイモの「ジャガー I-PACE」とは異なる可愛らしいコンパクトなクーペだ。しかし、設計は独自設計の自律走行車らしくハンドルやペダルは装備されていない。

車両は2人乗りで、両側にスライド式のドアがある。ある調査結果によると、配車サービスを利用する場合の90%が1人または2人での利用だという。利用者の前方にある43インチのワイドなディスプレイ、17個のスピーカーからなるオーディオシステム、5段階のリクライニングシートなど、都市部での短距離移動がメインの車両としては驚くようなビジネスクラス並の車内空間だ。

付属のアプリを使えば、座席位置や車内温度、照明、そして香りにいたるまで(前に乗っていた人のにおいは避けたいものだ)、事前に設定することができる。

乗客の前にはハンドルの代わりに43インチのワイドなディスプレイと17スピーカーのオーディオシステムが装備されている。

Photograph: Rimac

「わたしたちは、2人乗り車両による移動をほとんどの場合に満足いくものにし、コンパクトサイズの車両としては比類のない車内空間を創り出しています」と、デザイナーのムドリは言う。「車内はロールス・ロイスよりも広く、ゆったりとくつろいだ時間を過ごすことができます。ドアの開口部は楽に乗り込んですぐに座れるように最適化されています。スライド式のドアは車両周辺のクルマの行き来を妨げない設計です」

「いったん乗り込んでしまえば、体を伸ばしてのびのびとくつろげます。わたしたちが望んだのは、クルマというよりもリビングルームのような車内です。普通のクルマにあるようなダッシュボードやハンドル、ペダルはありません。代わりに超広角のディスプレイがあり、移動中のエンタテインメントや旅の情報収集などに使うことができます」

「通常の車両と比較して機能が増えているにもかかわらず、デザインは洗練されたものになっています。そして、カメラやレーダー、短距離・長距離用のLiDAR(ライダー)、それらのクリーニングシステムを統合したのです」と、ムドリは言う。「同時に、人間が運転する典型的な車両の特徴を取り除くことで、外観をシンプルにすることができました。フロントガラスのワイパーとサイドミラーはなくしました。これにより空力性能が向上し、清掃しやすくなります。一方で、クルマの典型的な構成要素のひとつであるトランクは残してあるので、空港に行くときや大量の買い物をしたときも心配無用です」

Photograph: Rimac

すべての人に最高の移動体験を

クロアチアのザグレブにあるリマックの新しい敷地(約80,000平方メートル)には、すでに他のプロジェクトもひしめいている。だが、自動運転タクシーの車両も、ここの新工場で生産される予定だ。

マテ・リマックは自動運転システムの開発の取り組みにおいて、Neveraの主要なシステムをすべて自社開発するなど深い垂直統合を信条としている。ただし、ヴェルヌの車両の自動運転技術は実はモービルアイから供給されたもので、カメラやレーダー、LiDARを組み合わせたものだ。

このシステムについては、NIO(上海蔚来汽車)の電気自動車(EV)に搭載してザグレブの道路で大規模な試験が実施されている。今年末にはヴェルヌの初のプロトタイプが走行を開始する予定だ。

サービスの利用料は場所によって異なるが、ヴェルヌはUberなどの従来のライバルとも競合できる価格を設定できるし、より上質な体験を提供すると説明している。他の都市での展開にあたってヴェルヌは当初は100%自社運営とするが、追ってフランチャイズ契約やパートナーシップ契約も検討する予定という。

Video: Rimac

「最終的には、すべての人に最高の移動体験を提供できるようになるでしょう」と、マテ・リマックは言う。「つまり、富裕層が受けられる最高の移動サービスより優れた体験を、手ごろな価格のサービスを通じてすべての人が体験できるということです。安全で信頼できるドライバー、最高のリムジンより広い空間と快適性を備えた車両、そしてできる限り顧客のニーズに合わせたサービスが広く提供されるのです」

「このサービスにより、顧客は単なる移動手段以上のものを手にします。考えること、学ぶこと、くつろぐことに時間を使えるようになるのです。わたしたちは、テクノロジーそのものからテクノロジーがもたらす恩恵に関心を移していきたいと考えています」と、リマックは語る。

(Originally published on wired.com, edited by Daisuke Takimoto)

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