キリンの首が長い理由に新説、実はメスが「食欲旺盛」だからだった:研究結果

キリンの首が長く進化した理由についての従来の説に、進化遺伝学の研究者たちが異議を唱えている。新たな研究結果は、メスが妊娠期や授乳期を迎える際に生じる栄養への旺盛な需要が、著しい首の成長を促した可能性が高いことを示唆している。
キリンの首が長い理由に新説、実はメスが「食欲旺盛」だからだった:研究結果
Photograph: SerrNovik/Getty Images

キリンの首はなぜ長く進化したのか──。博物学者のジャン=バティスト・ラマルクや自然科学者のチャールズ・ダーウィンが提唱した従来の説では、高所の葉を食べるためだと考えられてきた。これに対して近年の説では、オス同士の競争が首を長くした要因とされている。オスは首を振り回す「ネック・スパーリング」という行動によって支配権を主張することから、首が長いほうが繁殖相手をめぐる競争での勝率が上がる傾向にあるからだ。この説は「Necks-For-Sex」(繁殖のための首)とも呼ばれている。

ところが、こうした従来の説を覆す研究結果が、このほど新たに発表された。キリンの全身に占める首の比率という点では、実はメスのほうが長かったというのだ。「Necks-For-Sex説ではオスの首はメスより長いとされていますが、オスはすべての部位においてメスより30%から40%大きいという事実を忘れてはいけません」と、ペンシルベニア州立大学の進化遺伝学教授のダグ・カヴェナーは語る

カヴェナーらの研究チームは、野生および飼育下のマサイキリンの写真を分析することで、成長と成熟に伴う身体の比率を調査した。その結果、全身に占める比率という点ではメスのほうが長い首をもっていることがわかったという。メスは妊娠や授乳のために多くの栄養を求めて食欲が旺盛であることから、より高所の木の葉を求めて首を伸ばしていった可能性が高いと、研究チームは考えている。

オスとメスとで異なる身体比率が鍵

マサイキリンの身体の比率を分析するため、研究者たちは過去10年間にFlickrやSmugMugといった写真共有サービスに投稿された数千枚の公開画像を収集した。分析に使用する写真は、カメラに対して垂直に立っている個体に限定するなど、厳しい基準を満たすものだけが厳選された。また、絶対的な数値の測定は難しいことから、身体の比率を相対的に測定したという。

カヴェナーによると、キリンは独特の斑点パターンで個体を識別できる。研究チームは米国の動物園水族館協会の協力のもと、北米の動物園や野生動物公園に生息するすべてのマサイキリンの出生年月や血統図、移送履歴を把握することで、写真の撮影時期と推定年齢から人間の管理下にある個体はほぼすべて特定できたという。こうした情報は、オスとメスに成長差が現れる時期や成長の違いを理解するうえで非常に重要だと、カヴェナーは言う。

こうして対象となるすべての個体を分析した結果、生まれたばかりのキリンには性別による身体比率に違いはなく、一般的に最初の1年間でオスはメスより早く成長するものの、身体の比率に大きな差が生じることはないことがわかった。その後、性成熟期に近づく3歳ごろからオスとメスの身体比率に違いが生じ始めたという。成体のキリンはメスが相対的に長い首と胴体をもつ一方で、オスは前脚が長く首が太いことがわかった。このパターンは、飼育下にある個体と野生の個体で同様に見られたという。

「より高い場所の葉を食べるためではなく、メスは木の奥深くまで首を伸ばす傾向にあります」と、カヴェナーは説明する。キリンは特定の木の葉を好んで食べる習性があることから、ほかの動物が到達できない位置にある葉を食べるために長い首が適しているのだ。

ほとんどのキリンのメスは、4歳から5歳で妊娠期と授乳期を迎える。その時期における栄養に対する旺盛な需要が、キリンの首が長く進化した要因であると、カヴェナーらは考えている。

さらに、オス同士が優劣を決めるために競争したり、メスがより大きいオスを好んでパートナーに選んだりすることを意味する「性選択」が、進化の過程におけるオスのサイズや身体比率に大きく関係している可能性が高いと、研究者たちは指摘している。オスの首はネック・スパーリングに勝つためにより太く発達し、前脚は短時間でスムーズにメスと交尾するために長くなったのではないかという。

「メスの採餌行動と首の長さに密接な関係があるなら、減少傾向にある生息地の保護はより重要性を増すでしょう。マサイキリンの個体数は過去30年間で急速に減少しており、その一因は生息地の喪失と密猟によるものです。生態学と遺伝学の観点から、より効果的な保護戦略を策定する必要があります」

研究チームは、遺伝学に基づいて野生のキリンの集団における遺伝関係を特定することで、繁殖に成功しているオスの特徴を理解しようとしている。パートナーの選択や性選択に関する本質が解明できれば、絶滅の危機に瀕しているキリンの保護活動に大いに役立つかもしれない。

(Edited by Daisuke Takimoto)

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